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2007年10月05日

いつかは着てみたい…オートクチュール


オートクチュール(Haute couture)とは、フランス語で高級仕立て服、という意味。一般に、注文により造られる一点物の高級服のことを示す。ファッションビジネスの世界では、パリのオートクチュール・コレクションへの参加規定を満たしているパリの高級衣装店組合(通称「シャンブル・サンディカ」)加盟店で作る洋服のことを指す。

概要
 20世紀初頭までパリには多くの高級仕立て店が乱立しており、「オートクチュール」の規格も曖昧であった。イギリスからやってきたデザイナーのシャルル・フレデリック・ウォルトがこれらの高級仕立て店を組織化した。 

 シャンブル・サンディカの設立により、それまで顧客の一方的な注文や、ある程度の規格の中から顧客が好みのデザインを指定して作ったり、デザイナーが客の希望を聞きながらデザインする服作りが、デザイナーがデザインしたものを顧客の体に合わせて仕立てて売るという『デザイナー主導』になり、顧客にとって「デザインを買う」=「芸術作品を買う」ということになった。単なるオーダーとの違いや芸術性から、デザイナーの社会的、芸術的地位が大いに高まった。一部の仕立て店はスカート丈や袖丈にいたるまで少しのデザイン変更も許さないと言われている。

 シャンブル・サンディカは、コレクション後に大量に溢れるコピー品にも対応し、新聞や雑誌へ公開まで期限の条件をつけたり、取材するメディアが全ての店を取材できるようにコレクションのスケジュール化を行い、海外メディアへのアピールにも大いに貢献している。

 加盟には様々な規定があり、それらをクリアしなければならない。例えば1年に2度のコレクションを開催、コレクションでの発表数、アトリエの常駐スタッフの数、専属マネキンの人数など厳格を極めた。しかし70年代の高級既製服=プレタポルテの台頭により影響力や社会的役割を変えていかざるを得なかった。規定も毎年のよう緩やかになり、顧客の減少という課題を背負いメゾンを維持させていくことが大きな課題になった。加盟店はメゾン(maison)と呼ばれ、生地の選定から縫製まで一貫して行うためのアトリエを持っている。コルセットなど特別の部分を除いてはフル・ハンドメイド、つまりお針子さんが一刺し一刺し手縫いをして完成させる。刺繍もレースもみな手編みである。時にはプリント柄さえもデザイナーが描き、布に転写し生地にすることもある。完成までには2、3度の仮縫いをして、最後に本縫いということになる。刺繍、羽飾り等は専門のアトリエに外注されることが多い。刺繍の「ル・サージュ」などが有名。

 現在はシャネルなどの一部のメゾンを除いてはほとんどが赤字経営。それでもなおオートクチュール部門を会社が閉鎖しないのは、オートクチュールコレクションを行っていることでブランドとして「格」が上がり、プレタポルテや香水、ライセンス事業の売り上げに多大な影響があるからである。

 値段が非常に高く(シャネルは約200万円〜)、顧客は一握りの大富豪に限られている。顧客は1950年代以降、減少し続けているため、現在ではメゾンのほとんどがプレタポルテ(既製服)も手がけている。現在の各メゾンの顧客の合計総数は明らかにされていないが、一説には毎シーズンごとに注文をする顧客は世界中で500人くらいと言われている。「モードの夢」としてはいまだにヨーロッパの王侯貴族やアラブの王族、国際的に活躍する女優、ファースト・レディ達には欠かせないものである。ジャクリーン・オナシス(元ケネディ大統領夫人)はバレンティノ、オードリー・ヘプバーンはジバンシー、カトリーヌ・ドヌーブはサンローラン、マドンナとクリスチャン・ラクロア、ゴルティエ、アヌーク・エーメはウンガロ等。シャネル、ディオールといった一流メゾンのオートクチュールのアトリエに自分の名前の記されたリアルサイズのトルソー(マネキン)を置くというのは大変な誇りでもある。

 1950年代まではパリコレといえばオートクチュール・コレクションのことであったが、パリでは1960年代からスタートしたプレタポルテ・コレクションがその後隆盛を極め、現在ではパリコレといえばプレタポルテ・コレクションを指す場合が多い。毎年1月と7月に開催されるパリ・オートクチュール・コレクションには、サンディカ正式加盟店とフランス国外招待メンバー、招待されたブランドだけが参加できる。

 最近はプレタポルテコレクションよりもオートクチュールコレクションの方がブランドの数が少ないために、あえてオートクチュール・コレクション会期中にプレタポルテを発表してメディアへアピールするブランドもある

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